「商売の難しいところです。最初から、うまくいかないものです。」
「これは、半径10km圏内をターゲットとした地域密着商売の難しいところだと思います。」
「え~!じゃ、どこから、手間賃で稼げるようになったの?」
「開業して1年8か月後の軌道にのってからです。」
「実は、軌道に乗るまでの後半10か月間は、美容系の商材が主な収益だったんです。」
・・・・・健康に特化した施術で勝負しよう!そう決意して昭島で開業したのです。
昭島あたりでは、(開業前の何週間かかけて綿密に調査した結果として、エステの実需要・ポテンシャルは高くても、産後骨盤矯正などの美容整体そのものの実需要は、限りなくゼロに近いと踏んでいたので)骨格矯正一本で勝負するに適した地でした。
とはいっても、副業程度の収入でしたが、意外に美骨盤矯正や小顔矯正の実需要があり、骨格矯正で軌道にのるまでの2年間は、何とかそれで凌げてきたので非常に助かりました。
※『④開業前の大失敗で学んだ重大な気づき』より
皮肉なことに、健康特化型施術で大勝負!と意気込んで昭島で開業した割には、当時の調査でポテンシャルがゼロの美容整体希望のお客様の来店の方が多かったのです。
「そして、開業1年あたりから、何回か美容骨格矯正の連合折込写真広告を打てるようになってきていたので、それからですね、会員になるお客様がポツポツと。」
「美容系の商材は治療系とは比にならないほど高価格だったので、少数の会員でもいい収益になりました。」
「その商材の稼ぎがあるうちに、2ステップ広告の第一段階にあたるチラシ作りに没頭していました。」
開業してからは、チラシを制作しては撒いて計測し、の繰り返しでした。
当たるまでの1年半、全て違う記事で10枚以上のチラシを自作したと思います。制作のたびに、いちいち広告屋に頼んでいたら膨大な費用になるので、ワードを制作手段にして、作りまくってました。
「運動の手間の肩代わりを希望するお客様が殺到するようになったのは、純粋にチラシのおかげです。そして、当たった時の反応がものすごかったです。」
忘れもしません。あれは、2007年1月8日の月曜日(3月までは土・日が定休日で月曜日は営業日でした)のこと。
始業数分前、突然、電話がジャンジャン鳴り出し、1時間で1週間の全枠が予約で埋まり、新規受付を停止の突然の事態。
正月明けの土曜と日曜で配った、新聞よりも小さい文字でぎっしりの真っ黒な片面、もう片面がカラー写真付きで施術説明をしたの1000枚のチラシの反応でした。
その日は、本当に言葉の力が発揮されたら、すごい効果を生むのだなと思い知る日になりました。
お客様との会話のやりとりはこの後も続きますが、とりあえず『施術業、ベースは手間賃を稼ぐ仕事である』という話はここで終了します。


