※2024年7月~10月に行ったアクセスアップ実験のテスト記事(一部)のリメイク版です。
私は、商売を始める前から「売り込まなくてもいい経営」を作ろうと考えていました。
お客様を追いかけない。
広告に振り回されない。
値引きで競争しない。
できるだけ仕事以外の仕事を増やさない。
そのために、私が開業前から必死になって身につけようとしたものがあります。
それが、文章を書く力でした。
当時は国語が苦手で、文章を書くことから逃げていた私が、なぜそこまで文章にこだわったのか。
そして、その文章が20年以上にわたって、どうやって私の代わりに「営業」をしてくれるようになったのか。
これは、今まであまり人に話してこなかった私の経営戦略のひとつです。
今まであまり人に話してこなかった、私の「売り込まなくて済む経営」の作り方を、少しずつお話ししてみようと思います。
元手のかからない商売での一番のネックは?
開業を考え始めた頃、私の中にはひとつ強い願いがありました。
できるだけ早く経営を軌道に乗せ、広告に振り回されなくても困らない状態を作りたい。
施術院を経営する人なら、誰もが一度は願うことかもしれません。
広告費を払い続けなければお客様が来ない。 掲載をやめた瞬間に予約が止まる。 常に次の広告媒体を探し、数字に一喜一憂し続ける。
そんな経営は、私にとってあまりにも落ち着かないものでした。

もちろん、広告そのものを否定しているわけではありません。 ただ、広告に依存し続ける経営は、いつまでも安心できない。
自分が本当に作りたかったのは、「広告を出さなくても、必要としている人に選ばれる状態」でした。
そのためには、まず自分の仕事の価値を言葉にできなければならない。 どれだけ良い技術を持っていても、それが必要な人に伝わらなければ、存在しないのと同じです。
私は早い段階で、「これからは技術だけでは足りない。文章を書けなければいけない」と考えるようになりました。
時代はフリーペーパーからホームページへ移っていた
私が開業準備を始めた頃は、ちょうど広告媒体が大きく変わる時代でした。
昔はタウンページに載せてチラシを撒けば、それなりに集客ができる時代でした。 広告会社との接触も年に一回程度。 広告費もそこまで重くはありませんでした。
ところが、その後、フリーペーパー、連合折込誌、情報誌などが次々と登場し、広告の種類が一気に増えていきました。
特に印象に残っているのは、駅や店頭に大量に置かれていた分厚いフリーペーパーです。 当時は多くの人がそれを持ち帰っていました。
ところが、9.11同時多発テロ以降、駅や公共施設からゴミ箱が消え始めました。 安全対策の一環として行われたことだと理解しています。
駅からゴミ箱が消えた当初、私はかなり困りました。何に困ったかというと、駅や店で配られていた分厚いフリーペーパーの捨て場所です。
持ち帰るのも面倒。 捨てる場所もない。
そうなると、人は自然と取らなくなります。
案の定、その数年後には、地下鉄駅構内でフリーペーパーが余るようになりました。 働いていた店でも、超メジャーなフリーペーパーからの集客が、目に見えて落ちていきました。
さらに、何社かのフリーペーパーが廃刊になり、宣伝は高額な雑誌広告へと移っていきましたが、その雑誌自体も売れなくなっていった。
そんな変化を見ているうちに、街の中の人の姿も変わっていきました。
以前は駅で雑誌を読んでいた人たちが、携帯電話を見ながら歩くようになったのです。 小さな画面で何かをジーとみている。
その光景を見たとき、私はかなり早い段階で思いました。
これからの集客は、間違いなくインターネットが主流になる。検索した情報を比較する行為が生まれる。
そして、ホームページは単なる名刺代わりではなく、ダイレクトメールのように使う時代になる。 季節ごとに、悩みごとに、来てほしいお客様のタイプごとに、見せる文章を変えていく必要がある。
そうなれば、文章が書けない人は、そのたびにお金を払い続けることになる。
だったら、自分で書けるようになるしかない。
私はそう考えました。
国語が苦手でも文章だけは逃げられなかった
ただ、私はもともと文章が得意な人間ではありません。国語で「2」以上を取ったこともありませんでしたし、大学でも卒論を書かなくて済むようにゼミを選んだくらいです。
正直に言えば、文章を書くことからは、ずっと逃げてきた側の人間です。それでも、開業後に経営を安定させたいなら、文章は避けて通れない。
文章を書けなければ、広告会社に依頼し続けることになる。 ホームページの更新にもお金がかかる。 チラシも、DMも、紹介用の資料も、人に頼めばそのたびに費用がかかる。
それは、経営が軌道に乗るまでの重い負担になる。
だから私は、カイロプラクティックの訓練校に入学する前から、セールスライティングの勉強を始めました。
運良く、一万円でかなり良い専門教材を手に入れることができたので、入学後は毎日早朝に文章の練習をしました。 学校が休みの日は、一日中書いていたこともあります。青春18切符の鈍行旅では電車の中で書いていたこともしばしばありました。
もしかしたら、実技の練習より、文章の練習をしていた日数の方が多かったかもしれません。
上手いセールス文章が書けるようになれば、ホームページだけではなく、チラシも、ダイレクトメールも、プレスリリースも、自分でできるようになる。
その力は、絶対に裏切らないと思っていました。
あらゆる業種の「売れる言葉」を研究した
文章を書く力を身につけるために、私はかなり徹底的に研究しました。整体業界だけを見ていても、似たような言葉しか出てこないと思ったからです。
私は、いろいろなお店のダイレクトメールを集めました。
化粧品、エステ、アロマ、サプリメント、パン販売、花屋、コーヒー豆、家具、宝石、アクセサリー、天然石、留学エージェント、セミナー講師、セラピスト、心理カウンセラー、漢方販売、栄養士、講演者、インストラクター。
商品であれ、サービスであれ、「人が何に心を動かされ、何に納得し、何にお金を払うのか」を知りたかったのです。
実演販売のセールストークを録音して、原稿に起こして分析したこともあります。どんな順番で話しているのか。 どんな言葉を使うと、人は興味を持つのか。
どういう伝え方をすると、「それ、欲しい」「それ、自分に必要かもしれない」と感じるのか。そういうことを、かなり細かく見ていました。
当時は、自分でも少しやりすぎではないかと思うくらいでした。
でも、やると決めたら徹底的にやる。 そして必ず成功させる。それが自分の性分でした。
文章を書けるようになると経営は驚くほどラクになる
今の時代は、本当に便利になったと思います。
特別なアプリや高額なソフトを買わなくても、HTMLやシステムの知識がなくても、学生がWordでレポートを書く感覚で、チラシやホームページを無料で作れる時代です。
つまり、自分の商品やサービスの価値を文章化できる人なら、自宅にいながら、ほとんどお金をかけずに、高級旅館のような雰囲気のホームページを作ることもできる。
自分の考えを、自分の言葉で、そのまま仕事に反映できる。
これは本当に大きいことです。
私たちの時代は、SEOを意識したホームページを作るだけでも、HTMLやシステムを覚えなければなりませんでした。
しかも、それは本業が終わった後の夜の作業です。
私も妻も、仕事が終わってから夜中までパソコンに向かっていました。 休日も仕事。 本業のための仕事を、本業以外の時間でやる生活です。
妻は何とか持ちこたえましたが、私は途中で入院しました。
それくらい、当時はホームページを持つだけでも大変だった。
でも今は、オープンソース型のCMSのおかげで管理も更新も驚くほど簡単です。 とにかくホームページの管理が楽にになったから、50代になった今は、仕事の中心を本業だけに絞ることができています。
もともと、ワークライフバランス派、昭和な言い方をすればプライベート重視派の私は、仕事の種類を増やしたくないズボラ体質なので、施術業だけが仕事というのは私にはちょうどいいのです。
特に更年期の年代に入ると、体力的に無理が利かなくなってきます。 だからこそ、夜も休日も仕事に追われる生活を減らせることは、本当に助かります。
売り込まなくて済む経営が一番ラクだった
文章を書けるようになると、単に広告費が減るだけではありません。私は一度も頼んだことはありませんが、ホームページ制作会社に高額な費用を払う必要もなくなると思います。
私は一度も行ったことはありませんが、経営セミナーや教材に頼り続ける必要もなくなると思います。
無理をして人脈を作りに行く必要もなくなるでしょう。私は、趣味のための外出や交流は好きですが、仕事のための交流は、正直それほど必要だと思わないタイプです。
だからこそ、考えてから言葉にできる文章という手段は、私の性格にとても合っていたのです
実は私は、対面でセールストークをすることが、とても苦手です。どれだけ頑張って話しても、どうしても棒読みになってしまう。人前で、その場の言葉で話すことが昔から得意ではありませんでした。
それを象徴するような出来事があります。
営業として働いていた頃、週の初めには必ず朝礼があり、営業担当が持ち回りでスピーチをすることになっていました。あるとき、とうとう私の番が回ってきました。
私は、その朝、わざと寝坊しました。
しかも、電車が遅れてもいないのに、「列車遅延」と嘘をついて、朝礼をさぼったのです。
それまで無遅刻無欠勤だった私が、です。
それくらい、原稿なしで人前に立って話すことが苦手でした。
プライベートでも、大勢の前で話すときは、原稿がなければまともにしゃべれません。だから私は、「話すこと」が嫌いなのではなく、「何を話すかを自分の頭の中だけで組み立て、その場で人に伝えること」が苦手なのだと思います。
また、文章を書けるようになると、仕事のために下手に出る必要もないですし、 顔色をうかがう必要もありません。
実際、卒業後に就職した美容整体院には、雑誌広告もホームページもありましたが、価値を前もって伝える作りにはなっていませんでした。
料金は高額。 値引きもなし。 だから、お客様が来店した後に、セールストークで回数券を勧める必要がありました。
私は、そのやり方があまり好きではありませんでした。
特に嫌だったのが、説得のために話をするときは、話す順番を間違えないように集中しなければならず、そのために施術をする手が止まってしまうことでした。
今でこそ施術中の雑談の中で手が止まり、施術内容を削ったり、時間内に終わらないなんていう失態はありませんが、この頃は、まだまだ駆け出しだったため、施術中はできるだけ無言で、100%施術に集中していたかったのです。
だからこそ、自分のお店を持つ時は、対面で説明しなければならないことを、あらかじめ紙面で伝えることができればいい。そう考えるようになり、セールストークの代わりに、文章で価値を伝えることを一生懸命考えるようになりました。
つまり私は、営業を施術現場から追い出して、文章にやらせることにしたのです。

独立後は私の考えや価値観に納得してくれた人だけが来店するようになりました。
だから、初対面のお客様を説得したことは一度もありません。 通院を売り込んだこともありません。
お客様の方が、「ここに通いたい」と思って来てくれる。そうなると、売り込みは必要なくなります。 値引きも、最低限のトライアル価格程度で済みます。
その状態が続くと、広告費は減り、本業に投資できる時間とお金が増えていきます。
技術を磨く。 勉強する。 より良いサービスを考える。本業が安定すると、「副業をするべきか」「経営コンサルタントになるべきか」「スクールを始めるべきか」といった迷いも減っていきます。
ただ、自分が本当にやりたい仕事に集中できるようになる。
それは、かなりストレスフリーな状態です。
安心して続けられる状態は最初の準備で決まる
副業でも、本業でも、多くの人が望んでいるのは同じだと思います。
できるだけお金をかけず、できるだけ早く軌道に乗せたい。 緊張感ばかりのストレスフルな状態から抜け出したい。 そして、好きな気持ちや好奇心を持ったまま仕事を続けたい。
そのためには、始め方が大事です。
安心して商売を続けるためには、最初の段階で、「どうやって価値を伝えるか」そのためのスキルの習得も真剣に考えておいた方がいい。
そうしておけば、後が本当にラクになります。
安心感を持ったまま仕事ができる。 リラックスした状態で、本業に集中できる。
そして、その余裕があるからこそ、新しいアイデアも出てくる。 より良い仕事をしようという前向きな気持ちも湧いてくる。
私は、そういう状態を作るために、開業前に文章を書く練習を徹底的にやってよかったと思っています。

セールスライティングがどれほどの力があるのか、今でも通用するのか、ちょっと実験してみたいですね。
ジオシティーズの個人HPに、2009年9月から1週間限定で公開していた原文そのまま持っていますし・・・。
今であれば、AIに瞬時にコンプライアンス違反という判定をうけて、即没になるようなセールスライティング文章で、もはや価値はなく、普通なら廃棄品扱いの文章です。
しかし、これでも22年前は、1セット即決80万円で売れた私が作ったセールストークで、これのおかげで開業資金集めに成功しました。
まあ、セールストークが高額で売れたのは、当時の時代背景があったからでしょうね。
2004年ごろは、インターネットを通じた情報収集や集客が、現在ほど一般的ではありませんでした。さらに、9.11後のテロ対策に伴う公共のゴミ箱の撤去などもあり、フリーペーパーの持ち帰り率が大きく低下したなど、広告宣伝における環境が大きく変わり始めていた時期だったのではないかと思います。
しかも当時の都心では、O脚矯正が衰退の一途をたどる一方で、美骨盤矯正が人気を集めていました。小顔矯正も、これから最も稼げる将来有望な商材として注目され、都心では従業員を多く抱え、美容整体を大きなビジネスにしていこうという動きが始まりつつありました。そんな時期に、フリーペーパーによる集客が難しくなっていった。集客環境が変化するなか、限られた来店者を確実に顧客化する必要が生じたからこそ、素人が作ったセールストークにも、破格な値段がついたのかもしれません。
一方、今では治療院マーケティングも成熟し、コンサルタントの支援を受ければ、集客のノウハウを以前より手に入れやすくなりました。そう考えると、かつては高額で売れたセールストークも、それ自体では差別化しにくくなり、ノウハウを商品として売る価値はほとんどないのかもしれないと私は思っております。
お客様が聞きたい言葉、買いたくなる心の動きの順番でセールストークを作りましたから、冷やかし客でもググッと前のめりになって買いたくなる気分アゲアゲばつぐんなのは当たり前です。
勉強が嫌いで記憶力がよくない私でもしっかりと顧客獲得できる、30秒程度の一文を会話の中に交えて、合計5分から10分程度の流れで話すだけの非常にコンパクトなセールストークです。
従業員教育がラクラクでなければ経営者は買ってくれませんから、重苦しい教育を施すことなく覚えるだけで使えるように、とても短い文章の組み合わせでまとまったものに仕上げています。
実際に私がお店で雇われて時に使った22年前の話ですが、雇われている身分としては施術以外の持ち時間は10分が限界でしたし、基本、私は記憶力が悪いため、紙を見ながらでしか話せなかったので、最初は、お客様がうつぶせの時にひたすら10分間1人トークし続ける作戦でいきました。
そんな営業トークでもバシバシ回数券が売れたのですが、繰り返し同じトークをしていたら、紙を見なくても自然に言えるようになり、意外なことに対面形式の方が高額回数券の売れ行きが格段に良かったため、後にカウンセリング・検査時間を15分設けてやるようにしました。
社内規定よりも5分もオーバーしたので、よく上司に怒られていましたが、回数券を売り上げれば翌月の給与が爆上がりするのだから、「まあいいや、上司は怒らせっぱなしにしといてもいいかな」って思えたほど。
さて、どんな内容のトークだったかな?
なにぶん、開業してからセールストークは使ってませんから、どこに保存しているのやら・・・。
ただ、そのセールストーク販売の導引の文章は2代前のPCに保存されていること発見。
お店のホームページやBlogで、よく私は、
”施術業一本でやっていく”
“兼業は絶対にしない”
ことをたくさん書いて、これが私のポリシーです!としていましたが、一度だけ、決意が揺らいだ時期がありました。
それは2009年のこと。
7月の新聞に掲載されていた衝撃的な記事と、お客様からもらった1枚の新聞折り込みの記事広告をきっかけに、施術業をやめて、本格的にコンサルタントに転向にしようと思ったことがありました。
(その時の影響は今でも尾を引いて自費施術業を苦しめているんじゃないかなぁ、、、。)
それで、開業支援コンサルタントを始めようと、
従業員教育に時間も費用もかけず、腕はたつが弁がたたないコミュ障の職人的従業員でも年間最低700万円はラクラク稼ぎだすセールストーク!
と銘打って販売することからはじめようと思って、当時、同業者が閲覧していただろうアクセスがそこそこあったジオシティーズの個人HPに文章を掲載したのです。
もう本当に自費施術業界は衰退の一途をたどるなぁ・・・。
2009年7月の新聞発表と1枚の記事広告は、自分の職業を変えてしまいたい気分にさせるくらい影響力が大きかった。
まさに自費施術業界のパラダイムシフトの予感でした。
2年間満員御礼の繁盛の実績もあったから、施術業は店じまいをする方向性をとって、本気でコンサルタントを目指そうと思ったほど。
実際、私が開業する前から、コンサルタントやスクール経営を兼業しないと自費施術店は生き残っていけないと言われてるほど施術者にあふれ、熾烈な過当競争が繰り広げられていたわけだし。
その中で、2007年に大当たりを出したのですが、過当競争でいずれは萎んでいく既存需要に対する集客がうまくいっただけだったため、依然、潜在需要の発掘が急務ではあったことには変わりがなかった・・・。
だから、6月に、新しいコンテンツを中心にした全面リニューアル版のホームページを作ったのですが、当たるかどうかは確信がもてない中で、7月の新聞発表。
7月8月新しいHPの稼働が振るわず、とうとう9月にコンサルタント転向への第一歩のセールストーク文章を掲載。
しかし、同時にリニューアルホームページのSEOがうまくいって、潜在需要の顕在化に成功し、大当たり。
その反応は、まるで油田を掘り当てたかのよう。
当時なら施術業をまともに経営するよりも圧倒的に稼げるだろうと思われた美容整体導入専門コンサルタントへの転向をやめてもいいと思えるほどだったので、それでセールストーク掲載から1週間にも満たずHP公開を中止に。
狙っていた潜在需要を顕在化させることができたおかげで、ネットでの集客に自信がつき、憧れであった『看板出さない・住所を表記しないオートロックマンションでの隠れ家商法』を実現することができました。
2009年6月に作ったものをそのまま変えずに2026年3月まで掲載し続けた記事がその油田について書いた記事。
今、通ってくださっているお客様の中でも、この記事に影響された方はとても多いです。



