事業のこと

私たち夫婦は、昭島でほのぼの生活を送りたいと思って移住してきました。

当時の昭島駅前にはモリタウンがあり、リゾートホテルがあり、ゴルフ場があり、テニスコート、スケートリンク、温水プール、フィットネスクラブ、ちょっと離れた場所には温泉もある。

北側の地域は広大な樹林地に囲まれ、ホタルが生息する清流の玉川上水があり、都市の利便性と豊かな緑が調和した環境がある。

そして何より、目の前には富士山がある。

今ほど駅前開発も進んでおらず、どこか余白がありながらも、コンパクトにまとまった夢のレジャーランド、とでも言いましょうか。

そこで自営業をして、時間にも縛られず、昭島を満喫しながら暮らしていく。

それが、当時の私が思い描いていた理想でした。

私ね、自営業が会社員より唯一優れているところは、「休みの多さ」と「自由度」だと、本気で思っていたんです。

今でこそ、公務員でも会社勤めでも、正規・非正規を問わず比較的自由に休暇を取れる時代になりました。中には、長期休暇を取って海外に行っても、普通に仕事へ戻れる会社もあると聞きます。

でも、私が若かった頃の正社員には、そういう自由はほとんどありませんでした。

だから私は、主に派遣社員として働いていました。当時の派遣社員は、有給休暇を比較的自由に取れたからです。

実際、新婚旅行は、オーストラリアとフィジーを回るバックパッカー旅にしました。2週間の有給を取って行けたのは、派遣社員だったからこそです。

ただ、その代わり、派遣社員にはボーナスがない。会社員には休みの自由がない。

だったら自営業はどうか。

「お休み天国だろう」

本気でそう思っていました。

でも、実際は全然違いました。

昭島に移住して21年。その間、7日以上の連続休暇を取れたのは、一度だけです。しかも、それは入院した時でした。

結局ずっと、仕事に追われ続けてきました。いや、ポジティブに言えば、「仕事がライフワークになった」と言うべきなのかもしれません。

実際、仕事そのものもそうですが、養生、食事、薬草、温泉、身体の歴史、民俗、省庁の制度まで含めて、「身体に関わること」を追いかけるのは面白いです。

だから続いた。

……というより、そういう生活になってしまったから、「これが自分のライフワークです」と言うしかなくなった、という方が正確かもしれません。

本当は、仕事をほどほどにして、昭島をもっと楽しみながら生きるはずだった。

でも実際は、昭島で、ひたすら仕事をしてきた21年でした。

ただ、本当の意味で「これは私のライフワークです」と言えるのは、60歳を過ぎてからだと思っています。

ライフ・シフトでいう、「生きがいのための仕事」の段階です。生活のため、経営のため、責任のためではなく、「好きだからやっている」と言える段階。

私はそこに、できれば無理なく入っていきたいと思っています。

だから、これから書いていく仕事に関する話も、失敗談と同じく「どうやって成功したか」というより、「どうやって逃げずに続けてきたか」という話になると思います。

※これから出していく記事は、まだブログという媒体がなかった頃、ジオシティーズで個人的に書いていた自費施術マーケティングの記録や当時の実験と結果に基づく自説、2024年7月~10月に行ったアクセスアップ実験後に掲載停止した記事をリメイクしたものが大半です。