不調は、単なる体の機能低下では終わらないことがあります。
動けなくなることで、行きたい場所に行けなくなる。会いたい人に会えなくなる。
これまで多くの方と関わる中で、ひとつ強く感じていることがあります。
身体のことを話していたはずなのに、気づけば、その人の生活やこれまでの話になっていることがありました。
その話は、ただの不調の話では終わらないことがありました。
しかし、ほとんどの場合、それらは別々のものとして扱われています。
身体は身体。
人生は人生。
けれど本当は、切り離せるものではありません。私は、その境界にある仕事をしています。
私自身、最初からそう考えてこの仕事を選んだわけではありません。むしろ、あまり人に話したくない理由から始まっています。
ただ、続けていく中で、気づかざるを得ませんでした。
この仕事は、「身体」だけを扱うことができない。どれだけ距離を取ろうとしても、
その人の人生に関わってしまう。それが、この仕事の現実でした。
だから私は、健やかさを取り戻すことだけを目的にはしていません。
どこへ行きたいのか。
どう生きたいのか。
そこまで含めて、関わる必要があると考えています。
ただ、ここに至るまでの過程は、きれいなものではありませんでした。むしろ、逃げることから始まっています。
どんな理由で始めたとしても、途中で何と向き合ったかが、その仕事の意味を変えていく。
私は、そう考えています。
その話を、これから書いていきます。
■読む前に分かること
・仕事の動機がきれいじゃなくてもいい理由
・逃げることから始まった選択の話
・それでも続けた先で起きたこと

あのとき、私は答えを持っていませんでした。好きかどうかでも、正しいかどうかでもなく、ただ、その場をやり過ごすための言葉を選んだ。
それが、この仕事の始まりです。
そのときは、ここまで続くとは思っていませんでした。むしろ、どこかで終わるつもりでいました。
でも、終わりませんでした。
気づけば、引き返せないところまで来ていました。
これは、きれいな志望動機の話ではありません。逃げることから始まった仕事が、なぜ、逃げられない仕事になったのか。その過程を、まとめたものです。

▶ 人には話せない今の仕事への本当の志望動機
(第一話)結婚を迫られて逃げるために選んだ仕事でした
(第二話)ちゃんとやれない自分からずっと逃げていた
(第三話)負けたくなくて遠回りを選んだ
(第四話)「これならできるかもしれない」と思ってしまった瞬間
(第五話)「人生が台無しになった」と言われた日




