(第五話)「人生が台無しになった」と言われた日
その人は歩くことがあまり軽やかではない状態で来店しました。基本的には家で過ごす、外出は少なくなり日常生活もだんだん動きが遅くなっている。
チェックの結果から見ても、期待には添えそうにもない。それが、最初の見立てでした。
そう話しをしたところ、少し楽になれば良いとのことだったので引き受けました。
かなりの回数を費やすことにはなりましたが、結果的にその方は、友人のフォローもあってこそでしたが、海外旅行に行けるほどまで前向きに変わりました。
ただ、ここで一つはっきりしていることがあります。
この仕事は、身体を扱う仕事として、きちんと顧客の要望に沿えば、それだけでも十分に成り立つものです。
実際、当時の私は、施術院の経営だけで生活できるどころか、忙しさの中で結果を出し続けていました。
その方がすこやかになったのは開業してちょうど3年目の頃。朝から夜までの予約で食事時間もろくに取れず、営業時間を延長して定休日も開けて対応していた時期でした。
そうした日々の中でも、その方への成果は、この仕事を続けていけば、もっともっと先まで行けるのではないかと思わせるような出来事でした。
実際、翌年には、駅近の新築マンションを購入でき、その後10年にわたり、前年よりも高い売上を叩き出すこと連続の経営状態になりました。
その方は、しばらくメンテナンスで通われていました。
ただ、そこで終わりではありませんでした。
無理をしないように、と伝えていました。それでも、その方は少しずつ負荷をかけていきました。
やがて再び動きが鈍くなりし、最終的には医療にかかることになりました。ベストコンディションを実現し、前向きになってからたった1年で起きてしまった事態。
その方は、再び元通りに近い状態まで戻れると思っていたようでした。リハビリも、それほど長くはかからないと考えていたのかもしれません。
ただ、私は少し気になっていました。
来店前のもともとのコンディションが重かっただけに、再び前のような快適な状態になるのは簡単ではないのではないか。そんな不安が、どこかに残っていました。
ただ、その方は以後、来店されなくなり、やがて私の中でも、その方のことを思い出すことは少なくなっていきました。
それから6年ほどの歳月が経った頃、一通の手紙が届きました。差出人はその方でした。
そこに書かれていたのは、
「期待したのに、すべてが無駄になった」
「人生が台無しになった」
そういう言葉でした。
読み終えたあと、手紙を持ったまま、しばらく動けませんでした。視線を落としたまま、次の行をもう一度読むこともできませんでした。
自分は間違っていたのか。できることはやったはずなのに、なぜ、こういう結果になるのか。しばらくの間、答えが出ませんでした。
そのとき、あることに気づきました。
私はずっと、
「できることをやる」
「求められた結果を出す」
そこだけを仕事だと思っていました。
でも、この仕事は、それだけでは終わらない。相手にとっては、身体の問題ではなく、人生の問題だった。
動けるようになることは、そのまま、行動が広がることにつながる。その先に何が起きるかまでは、含めて考えなければならなかった。
私はそこを見ていなかった。
それまで私は、仕事は仕事、生活のためのものだと考えていました。でもこの出来事で、その考え方では足りないとはっきり分かりました。
対人の仕事は、どこまで関わるかを自分で決めることができない。関わった時点で、相手の人生の一部に入ってしまう。それがこの仕事でした。
お店を始めてから10年目。
ここから、私はようやく、この仕事と向き合うことになります。
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最終話:逃げて始めた仕事で逃げられなくなった理由—向いていたから続いたのではなく、逃げられなかったから残った。



