(第一話)結婚を迫られて逃げるために選んだ仕事でした
結婚の話が出たとき、私は何も言えませんでした。
好きなのに決められない。目の前にいるのに少し遠く感じる。
何かを言わなければいけない空気だけが、静かに重くなっていく。
言葉が浮かばないまま、時間だけが過ぎました。
――このままではいけない。
そう思って、私は口を開きました。
「来年から整体の学校に行こうと思ってる」
言ったあと、自分でも意味が分かりませんでした。
考えて出した答えではなく、その場から逃げるために出てきた言葉でした。
付き合い始めた前の月から、結婚の話は出ていました。
ただ、時期は決めていなかったし、何より私はまだ独身でいたかった。
ようやく手にした生活があって、それを手放したくなかった。
でも、その場では答えを出さなければならなかった。
だから、私は“答えの代わりになる言葉”を選びました。
整体の道に進むことは、そのとき本気で考えていたわけではありません。
ただ、
学生になる
↓
収入が不安定になる
↓
結婚は難しい
その流れを作るには都合がよかった。
つまり、「整体をやる」という選択は未来のためではなく、今を逃げるための嘘でした。
このときの私は自分でも分かっていました。ろくでもないな、と。
でも同時に、どうにもできなかったのも事実です。
この選択がこのあとどうつながっていくのか、この時点ではまったく分かっていませんでした。
ただ一つ、分かっていたことがあります。
私はずっと何かから逃げてきた。
来年から整体の学校に行く。そう言って、その場をやり過ごしたつもりでした。
そのあと、彼女の実家に挨拶に行きました。
付き合っていることを、きちんと伝えてほしいと言われたからです。
数年は安定した収入がないこと、生活の見通しが立たないこと、すべて正直に話しました。
ただ、その前提になっている選択自体は、正直なものではありませんでした。
そして、私は彼女の父親にこう言いました。
「他に紹介したい方がいれば、遠慮なく彼女にすすめてあげてください」
これで終わると思っていました。ここできちんと終わるはずだと。
翌週、彼女の父親から連絡がありました。
短い言葉でした。
「二人で苦労しなさい。結婚しなさい」
逃げるために選んだ言葉は、気づけば、逃げ道をふさぐ言葉になっていました。
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